ヒロシマ・ノート
名著だと思いました。大江健三郎氏の大作だと思います。
まだ全部読んではいませんが、読むことをとめられないくらいに引き込まれます。彼が衝撃を受けたこと、感銘を受けたこと、怒りを覚えたこと、自信の無力さに打ちひしがれたこと、声を大にして言いたいこと、すべてがそのまま読者の全身に響きます。
端的にいいます。被爆して今なお苦しんでいる人たちのことを、僕は今までちゃんと考えたことがあったか。そう反省させられます。
多くの人命を奪い、傷つけた、この兵器の威力に恐怖したことがあっても、そんなことを二度としてはいけないと考えたことがあっても、被爆し戦後生きた人たちの思いを想像していたでしょうか?毎年、8月6日に多くの人が広島に訪れると思いますが、なかには8月6日だけやってきて、核兵器廃絶を声高に叫ぶだけで、二度とあってはいけない、不幸だとか悲劇といった言葉だけでは絶対に表現できない昭和二十年の広島のできごとを、政治的な道具にしか使っていないような輩もいるのではないでしょうか。
プロローグで引用されている、広島の同人誌「歯車」に掲載された深田獅子雄という人の文章だけでも、自分の理解の至らなさを痛感させられました。
「(前略) しかし、わたくしは、爆心地より一キロ半にありながら、いささかの後症状はあったが、現在、まず健康であり、父母も、おなじく被爆した当時の女学校二年生の妻、また昭和三十年代に生まれた三人の子供も、すべて健康であるところから、できるだけ、後遺症の発現のないことで楽天的であろうとした。そのためであろうか、原爆の文学とよばれるものが、ほとんど、恢復不能な悲惨なひとたちの物語であり、後遺症の症状、心理の描写であるより他に、ありようがないのかを以前から訝しがっていた。たとえば、被爆して、ひととおりの悲惨な目にあった家族が、健康を恢復し、人間として再生できたという物語はないものだろうか。被爆者はすべて原爆の後遺症で、悲劇的な死をとげねばならぬものだろうか。
(中略) わたくしたちが死ねば、すべて原爆後遺症の招来した悲惨な死であり、それは原爆への呪いをこめた、原爆反対に役立つ資料としての死であるとしか考えられないのだろうか。
(中略) 被爆者の死は、ちょうど、八月六日の広島市がやたらと政治的な発言にみちみちて、しずかな喪であるべきその日が余所者の支配となりかねないように、他所の政治的発言のための資料のためにだけあるようには考えないでほしいと思う。 (後略)」
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