テレビってメディア。
インターネットの掲示板への書き込みが時に炎上するのは、根拠もあいまいな一方的な攻撃的な発言をしても、実社会での自分が攻撃されることがないから、言いっぱなしで逃げられるからでしょう。
純粋に情報発信したい人の貴重な生の声がたくさんのっている反面、どうしようもない無責任発言もたくさんあるのがインターネットという媒体です。たとえば、クルマのパーツのインプレッションだったり、サーキット走行の感想だったり、山登りの行程の記録だったりは、僕はインターネットの個人のHPやブログで調べます。これは雑誌書籍では聞けないホントに聞きたい内容が含まれていると思うからです。一方で人をだまそうという人や、ただ金儲けをしようとしている人もネット上にはうじゃうじゃいますね。
この玉石混交のネットの情報の世界で、「信ずに足る・能わず」を判断する基準をどこにおきますか。生であって人となりを判断することができないので、文章から感じられるその人の『責任感』で量るしかないと僕は思います。責任感を感じられない人の言葉はどんなにたくみであっても信じられないでしょう?たとえば「それってどういう根拠でそういってるの?」、「不必要な誇張じゃない?」、「論理、飛躍しすぎじゃない?」とか、「感情的すぎない?」とか、「他者への理解がない人だなぁ」と、感じてしまうと、ああ、この人の言葉は、読むに値しないなと考えてしまいます。
翻って日本のテレビのニュース。
いみじくも、報道ステーションで、都の設立した銀行の業績が芳しくなく、都が追加の資本投入(税金)をすることについて報じていたニュースで、民主党もこの都の銀行設立に賛同していたことに触れ、「メディアの責任として追跡して報じていきます」と宣言をしていました。
それはそれで歓迎しますが、輸入ギョーザの農薬の件ってどうなりましたか?もう世間の耳目を集めるに足りない事件だから放置ですか?
前述のメディアとして信じるに足るか足らないか、、という観点で見ると日本のニュース番組って信じるに足りない、といわれても致し方ないと思うのです。1週間同じことを散々わめき散らして、わめっきぱなしですか?天災も、悲惨な事故も、おぞましい冷酷な犯罪も、1ヶ月したらもう続報なしですか?この人たちの社会的な責務ってなんなんでしょうね。(と、日本に帰国した直後の15歳の僕が感じていたことと同じことを最近よく感じます。)
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